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6話-1 魔形。

last update Last Updated: 2025-11-16 20:00:30

その後、リリアは母との帰り際、廊下で若い執事とすれ違った。

ふと、彼女は足元をふらつかせ、よろめくように身を傾ける。

すかさず執事が駆け寄り、リリアの華奢な肩を支えた。

「リリア様でいらっしゃいますよね!? ご無事ですか?」

執事の声には心配と緊張が混じる。

するとリリアはゆっくりと顔を上げ、微笑みかけた。

「ええ、ただ少し……疲れてしまったのかもしれませんわ」

その声は柔らかく、どこか儚げで、まるで意図的に相手の心を揺さぶるようだった。

「無理もありません。皇帝の宴であのような騒ぎがございましたから……」

リリアは彼の動揺を見逃さず、そっと視線を絡ませる。

「そのことで、私、気になる噂を耳にしてしまいましたの」

リリアの声は抑え、まるで秘密を共有するかのように誘う。

「噂……ですか?」

執事の瞳が揺れる。

リリアは一歩近づき、執事の耳元で囁いた。

「……アシュリー陛下があのような目に遭われたのは、シルヴィアが偽の聖姫だったからだとか。そして、本物の聖姫は……別にいるのだと」

執事の息が一瞬止まる。

「もし、それが真実ならば、本当の聖姫様は…………」

リリアは、勿論この私よ、と訴えかけるように、執事の手をそっと握り、瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。

* * *

「それで、此度の尋問結果はいかがであった?」

夜、皇帝は私室のベッドに腰を下ろしたまま、落ち着いた声で尋ねた。

あれから皇帝は医務室から私室へと移り、傍にはハドリー、リゼル、そして皇帝の側近が控え、静かにフェリクスの報告を待つ。

「結論から申し上げます。呪いをワイングラスに仕込み、陛下に掛けようとした者が誰かは特定出来ませんでした。よって、陛下にワイングラスをお渡ししたメイド、及び使用人以外の者は全員解放し、帰しました」

「そうか」

皇帝は小さく息を吐き、わずかに肩を落とした。

「陛下、このような結果となり、大変申し訳ございません」

フェリクスは深く謝罪し、言葉を続ける。

「しかしながら、陛下に渡されたワイングラスがシルヴィア様の
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    その後、リリアは母との帰り際、廊下で若い執事とすれ違った。 ふと、彼女は足元をふらつかせ、よろめくように身を傾ける。 すかさず執事が駆け寄り、リリアの華奢な肩を支えた。 「リリア様でいらっしゃいますよね!? ご無事ですか?」 執事の声には心配と緊張が混じる。 するとリリアはゆっくりと顔を上げ、微笑みかけた。 「ええ、ただ少し……疲れてしまったのかもしれませんわ」 その声は柔らかく、どこか儚げで、まるで意図的に相手の心を揺さぶるようだった。 「無理もありません。皇帝の宴であのような騒ぎがございましたから……」 リリアは彼の動揺を見逃さず、そっと視線を絡ませる。 「そのことで、私、気になる噂を耳にしてしまいましたの」 リリアの声は抑え、まるで秘密を共有するかのように誘う。 「噂……ですか?」 執事の瞳が揺れる。 リリアは一歩近づき、執事の耳元で囁いた。 「……アシュリー陛下があのような目に遭われたのは、シルヴィアが偽の聖姫だったからだとか。そして、本物の聖姫は……別にいるのだと」 執事の息が一瞬止まる。 「もし、それが真実ならば、本当の聖姫様は…………」 リリアは、勿論この私よ、と訴えかけるように、執事の手をそっと握り、瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。 * * * 「それで、此度の尋問結果はいかがであった?」 夜、皇帝は私室のベッドに腰を下ろしたまま、落ち着いた声で尋ねた。 あれから皇帝は医務室から私室へと移り、傍にはハドリー、リゼル、そして皇帝の側近が控え、静かにフェリクスの報告を待つ。 「結論から申し上げます。呪いをワイングラスに仕込み、陛下に掛けようとした者が誰かは特定出来ませんでした。よって、陛下にワイングラスをお渡ししたメイド、及び使用人以外の者は全員解放し、帰しました」 「そうか」 皇帝は小さく息を吐き、わずかに肩を落とした。 「陛下、このような結果となり、大変申し訳ございません」 フェリクスは深く謝罪し、言葉を続ける。 「しかしながら、陛下に渡されたワイングラスがシルヴィア様の

  • 幸せな偽の花嫁。   5話-5 皇帝の宴。

    大広間は凍てつくような静寂に包まれる中、シルヴィアは我に返り、皇帝の元へ駆け寄る。 その時だった。 「きゃああ!」 令嬢の一人が甲高い悲鳴を上げ、ざわめきが一気に広がった。 「アシュリー陛下! 大丈夫ですか!?」 シルヴィアがしゃがみ皇帝に呼びかけるも、反応はない。 悪夢を見ているかのように苦しんでいる。 「退け!」 皇帝の側近が鋭く叫び、シルヴィアを突き飛ばした。 よろめいた彼女の体は、駆けつけしゃがんだハドリーの胸元にぽすっと当たる。 「あ、申し訳ありません……」 「呪いの魔法に掛けられているな。陛下、今すぐお助け致します!」 皇帝の側近は皇帝に清めの力を注ぐ。 だが、効果は薄く、皇帝の側近の顔が険しくなる。 「くっ、お前か!? 陛下に呪いを掛けたのは!」 皇帝の側近の矛先は一人のメイドに向けられた。 「とんでも御座いません! 陛下がグラスをお持ちでなかったので、テーブルにおかれたワインをお渡ししたところ、飲まれた直後にお倒れに……」 「黙れ! 今すぐつまみ出し、牢にいれろ!」 皇帝の側近の怒号とともに、メイドは衛兵2人に連行された。 するとハドリーが冷静に口を開く。 「私が応急処置を致します」 「ハドリー殿下、頼みます」 皇帝の側近が承諾すると、 ハドリーは立ち上がり皇帝の前に跪き、清めの力を施した。 そしてリゼルとベルが担架を運び入れると、皇帝の側近はフェリクスに命じる。 「フェリクス、呪いのワインを陛下に飲ませた疑いでこの場にいる全員をこの部屋の中で拘束後、一名ずつ尋問し、疑いが晴れた者だけ帰せ」 「はっ、承知致しました」 皇帝の側近が答えた後、皇帝は医務室へ運ばれ、皇帝の側近が慎重に皇帝をベッドに寝かせた。 するとハドリーは再び清めの力を試みる。だが、皇帝の苦しみは和らがない。 (そんな……殿下のお力でも治せないだなんて……このままでは陛下が……) 医務室に付き添うことを許されたシルヴィアはハドリーの姿をただ見つめることしか出来ず、胸が締め付けられる思い

  • 幸せな偽の花嫁。   5話-4 皇帝の宴。

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  • 幸せな偽の花嫁。   5話-3 皇帝の宴。

    * * * 「――あの、今、なんとおっしゃられましたか?」 深夜、書斎に静寂が漂う中、シルヴィアは思わず問い返した。 「4日後に開かれる皇帝の宴に、共に出席してもらう」 シルヴィアの心が波立つ。 皇帝の宴に自分も? シルヴィアは信じられない気持ちで、ためらいがちに尋ねた。 「わたしがそのような場に出席しても、宜しいのでしょうか……?」 「皇帝直々の命令であるから問題はない。今回の宴は晩餐会となり、特別にリリアも出席する」 シルヴィアは言葉を失い、身体が凍りついたように動かなくなる。 ――――ああ、ついに終わりの時が来てしまった。 ハドリーのそばに、ほんの少しでも長くいるために、帝都から戻って以来、一層雑務に励んできたのに。 これまでのハドリーとのすべてを無に帰すかのような予感がシルヴィアを包み込んだ。 「そんな暗い顔はよせ。皇帝の宴には必ず出席しろ、良いな?」 「かしこまりました……」 シルヴィアは胸に渦巻く思いを抑え、静かに答えた。 * * * 4日後の当日、シルヴィアは玄関先でハドリーと対面する。 (皇帝の宴に出席するのだから正装なのは分かっていたけれど、殿下が帝都の時よりも更にかっこいい……) 「なんだ? 私の格好がおかしいか?」 ハドリーの声に、シルヴィアはハッと我に返る。 (何を直視しているの……) 「い、いえ、とても良く似合ってらっしゃいます」 シルヴィアは、つい口を滑らせ、内心で焦る。 するとハドリーはふいっと顔を背けた。 (ああ、出しゃばったことを言ってしまった……) 「お前も、まあ、悪くないな」 ハドリーの言葉を聞き、シルヴィアの頬に熱が灯る。 (分かっている。新しく仕立ててもらった正装のドレス姿のわたしをただ見るに耐えるという意味だと。自惚れてはだめ、なのに……) 「行くぞ」 「はい」 その後、シルヴィアはハドリーと同じ馬車に乗り込み、やがて馬車が動き出すと、向かい側に座るハドリーが小さく息を吐いた。 いつもならハドリーは自ら

  • 幸せな偽の花嫁。   5話-2 皇帝の宴。

    * * *「これは事実か?」2日後、ハドリーは書斎の席でリゼルから手渡された数枚の書類に目を通しながら、静かに問う。「はい。教会の記録庫に保管されていた書類であり、内容に誤りはないかと。加えて、雇った者からの情報によれば、シルヴィア様は家族から虐げられ、牢のような暗い部屋で暮らしていたようです」リゼルが淡々と説明し、報告すると、ベルは顎に手を当て、思案するように頷く。「なるほど。シルヴィア様が洗濯や掃除に最初から手慣れておられたのは、そういった事情からでしたか」ハドリーは眉をひそめ、ベルに視線を向ける。「ベル、なぜお前がここにいる?」「リゼル様を脅し頼みました。シルヴィア様の専属教官メイドとして、当然知る権利はあるかと」ハドリーは、はぁ、とため息をつく。「まあ、いい。リゼル、他に情報は?」「はい。一点、気になることが。シルヴィア様は時折、近くの森を訪れていたそうです」「森、ですか?」ベルが首を傾げる。「シルヴィア様は以前、本で薬草の知識を得たとおっしゃっていましたが、森で実際に薬草を摘んでいたなら納得です。だとすると、やはり、シルヴィア様が薬を…?」ハドリーは書類に目を落とし、静かに言う。「リゼル、ベル、書類を詳しく確認したい。少し一人で考える時間をくれないか?」「かしこまりました」ふたりは一礼し、書斎から出ていく。そして書斎に静寂が戻る中、ハドリーは教会の記録庫の書類に記された内容を読み進める。そこにはシルヴィアの悲惨な過去が綴られていた。10年前、母ルーシャを病で亡くし、父ラファルが再婚。継母ブライアと継妹リリアにより虐げられ、父親には無関心な態度をされ、目を逸らされる日々。まさか、家事全般を押し付けられ、牢のような部屋で生活を送っていたとは。聖姫の力を持つリリアがいなければ、ロレンス家は皇国の援助金で裕福になることもなかっただろう。とはいえ、この仕打ちはいかがなものか。あまりに非道な行為だ。しかし、書類が事実ならば、シルヴィアが「無能」であること

  • 幸せな偽の花嫁。   5話-1 皇帝の宴。

    * * *やがて、シルヴィアとハドリーを乗せた馬車が動き出す。リゼルとベルに守られながら、ハドリーが無事に戻られるよう心の中で祈っていたが、一体何があったのだろう。(リゼル様とベルは馬車から降りた時、殿下と何かを話していたようだけれど……)「あの、で、殿下……」「そんな顔をするな。何者かに付けられていたようだが、私が対処した。心配するようなことは何もない」「わ、分かりました……」魔形ではなかったらしい。それでも、民が不安がっていたように、厄災が刻々と近づいてきている。今回はハドリーに斬られずに済んだけれど、いつその刃が自分に向けられるか分からない。だからこそ、せめて斬られるその時まで、少しでも役立つ事をしよう。ハドリーのそばに、ほんの少しでも長くいるために――――。* * *「陛下、只今帰還いたしました」ハドリーが皇帝の間の扉前で恭しく告げる。「入ってまいれ」皇帝の重厚な声が内側から響き、衛兵が厳粛に扉を開いた。ハドリーは皇帝の間へと進み、長い深紅の絨毯の上を歩いて行き、玉座へと歩み寄る。そして、皇帝の前に跪き、頭を下げた。「ハドリー、頭を上げよ」ハドリーが皇帝を見上げると、皇帝はハドリーを見据える。「帝都の偵察、ご苦労であった。結果を申せ」「はっ、ご報告申し上げます。厄災の刻が近づいている影響からか、魔形から身を守る指輪が高値で取引されているようです。また、帝都の外れでは夜な夜な光る霧が目撃され、民の間に不安が広がっているようにございます」皇帝は静かに頷き、わずかに目を細めた。「そうか、よく分かった」答えた直後、皇帝の柔らかな面持ちが消え、厳然とした表情に変わる。「して、シルヴィアはどうであったか?」「花に触れた瞬間、微かに発光致しましたが、鋭い音とともに彼女に痛みが走り、拒絶するような反応を示しました」「ほう。それは何か特別な力を秘めている証かもしれんな。こちらで詳しく調べさせよ

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